あの日、僕は光を手に入れた。

 

僕達のいる終わりない暗闇に、引き込まれない強さを持つ“光”を。

 

 

そう。彼女の“終わり”と引き換えにして…

 

 

抱えた罪は消えることなく

 

 

けれど少なくとも彼女だけは穢れなきようにと 自ら作り出した時間に祈る。

 

僕が作った虚構の現実が、割れたガラスのように彼女に降りかからぬように。

 

 

 

 

そんな僕は矛盾していると 誰かがいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Polomerria4.硝子細工―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いなぁ…。」

 

部屋の端にあるお気に入りのロッキング・チェアをわざわざ暖炉の前まで持ってくる。

 

それを前へ後ろへ揺らしながら、目の前に浮かぶ炎のゆらめきを眺める。

 

ふぅっと息をついて、少し細めていた紫の瞳を閉じて、そしてまたゆっくりと開いた。

 

部屋に置かれた大時計の針が示す時刻は、予定よりも大分遅い。

 

 

「…一緒に村の外でやってる雪まつりを見に行こうっていってたのに。」

 

きっと寒い夜の中、いつもと違った雪の日の賑わいをみるのも楽しいだろうといって。

 

 

少年は少し拗ねたようにぷうっと頬を膨らませると、軽く勢いをつけて椅子から飛び降りた。

 

通常ではありえないような離れた所にふわりと着地し、すたすたと歩き始める。

 

表情とは裏腹に足取りは軽く、楽しそうに螺旋階段をあがり始めた。

 

厚い絨毯に衝撃を吸収されるため足音は全く聞こえない。

 

まるで誰もいないかのような静かな館の中には、少年のたてる衣擦れの音だけがやけに大きく響いた。

 

 

 

辿りついたのは一つの扉の前。

 

コンコンと軽くノックしてみるが、中からはなんの返答もない。

 

ひとり首を傾げる。

 

 

「ラクス…?」

 

 

そぅっと扉を開くと、ぱたりとベッドの上に探していた少女が倒れている。

 

夜なのできっちりと閉じられたカーテン。

 

部屋の明かりは、机の上の便箋やペンと並べて置かれたランプだけ。

 

今にも消えそうにゆらゆらと小さく、暗い部屋を照らしている。

 

 

そんな中で、彼女は一人眠っていた。

 

桜色の髪が、ランプの光で染められたシーツの上に広がっている。

 

そんな彼女に風邪をひかないようにきっちり毛布をかけてやってから、静かに机へと足を進める。

 

蓋が開きっぱなしでまだ書いている途中だというように置かれたペンと、無地の白い便箋。

 

見てはいけないと思いつつ、そっとキラは手にとった。

 

軽く二つ折りにされた便箋を開き、迷いなく流れるように書かれたその文字をゆっくりと目で追う。

 

 

少年の瞳に暗い光が宿った。

 

紫の瞳は部屋の暗さと相まって、外の森に広がる空のような色をしている。

 

「ラクス。ねぇ、君は…なにをするつもりなの?」

 

そんなことはこの手紙に書いてある。

 

だけど彼女自身の声で聞きたかった。

 

 

「僕達がココから出ることはないよ。外の人間とはできる限り関わらずに暮らしてゆく。

 

それがお互いにとっていいことだから。それは君にもわかってるでしょ?その娘が誰であっても僕達と彼らの間の壁は払拭できない。」

 

 

ぽつりぽつりと少年は呟く。

 

同意を求めるような口調であっても返事はない。

 

当たり前だ、相手は今頃夢の中。

 

それでも聞いて欲しかった。

 

約束してたのに結局一緒に行けなくなって拗ねてるわけじゃ、ない。

 

こどもみたいに構って欲しいわけじゃない。

 

構ってくれなくなりそうで、面白くないというわけでもない。

 

 

「…もし失敗したら―――。」

 

 

言わずとも解っている。きっと彼女も。

 

それでも。

 

そうなる確立の方が、成功するよりもはるかに高いのだ。

 

 

「…だって月と太陽は同時に昇らない。」

 

 

どちらかが昇れば、どちらかが沈む。

 

対等になる事などありえない。

 

 

緋く染まる月に祈りをかけるモノ達は、その娘の登場を望まない。

 

おそらく彼の父親も。

 

 

 

疲れたような呆れの混じった溜息をひとつ零すと、そっと手紙を元通りに折りなおして机の上に置く。

 

宛名はウズミ・ナラ・アスハ―――オーブの獅子。

 

 

名前しか知らないその人物が一体彼女になにを望んだのか。

 

自分が願う時間にどれだけの犠牲が必要なのか。

 

まだなにも解らない。

 

 

だからこそ、今のうちに…今だけは。

 

雪まつりは来年もあるけど、この日々は来年もあるかなんてわからないから。

 

 

「…ゆっくりおやすみ。」

 

 

そっと白い頬に唇を寄せると、そのまま部屋を出た。

 

 

「…守ってあげる、君を。」

 

―――この手が緋く染まっても

 

 

「…護ってあげる、全てのものから。」

 

―――傷だらけになっても

 

 

「…誰を犠牲にしても。」

 

―――それが僕にできる唯一のことだと思うから。

 

 

それだけが僕が君を引き込んだ罪に対する、唯一の免罪符。

 

 

 

 

壊れそうな笑みはたった一人の廊下で白い息とともに、流れるように溶けていった。

 

 

 

 

 

end

 

 

 

 

 

プラウザで戻って下さい。