現実には限りがある。
 
夢を見ても、所詮箱庭の中の夢で。
箱から出ることなんて叶うはずがないのに、それでも望むのは。
 
どこまでも醜く、しなやかに、したたかに。
幸せに生きたいと思うからだろう。
 
夢を見れるということは、どこまでも愚かで。
…けれどなんと美しい。
 
それに少しでも近付きたくて。
俺は白い世界を自分のものに変えていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
原稿用紙彼女運動場。 I wish that you come true your dream.
 
 
 
 
 
 
 
 
「僚はなにになりたいんだ?」
 
国語の時間。
一体なにが楽しくて『将来の夢』なんて考えなくてはならないのか。
だいたい作文なんて書くこと自体、小学校の卒業文集以来で。
 
 
あーぁと面倒気に窓際で頬杖をついて外を眺めていると、隣の席の奴が俺の原稿用紙を覗き込んできた。
 
「俺とくになりたいもんとか、なくてさぁ。7文字で終わってんだよあ、お前それ以下じゃん!」
 
楽しそうに、俺の前の白紙の原稿用紙に落書きしようとしている。
 
「やめろって…」
原稿用紙を取り上げつつ、隣のを見る。
 
 
「『僕の将来の夢は』…で?」
「今ンとこはここまでかな。でもお前の白紙よりはマシだろ?」
 
 
 
「たいしてかわんねぇって、お前ら。」
斜め後ろから声がした。
 
 
「なんだよ、佐上。お前は書けたのか?」
「半分はね。」
「へェ…なんて書いたんだ?」
 
 
佐上の眼鏡がキラリと光った。
「世界征服。」
 
「ハッ!アホらしくて、やってらんね」
隣の奴が手をひらひらしている。
 
 
 
「ところでさ、将陵」
 
佐上が俺に向き直った。
「なに?」
にやぁっと笑った。
 
 
 
「なに楽しそうに窓の外見てたんだ?」
 
だいたい見当がついていて、その上で人をネタにして遊びたいらしい。
 
「あ?僚、お前ただぼけっとしてただけじゃねぇの?」
隣の奴がきょとんとした顔で俺を見る。
 
 
「そんなわけないだろ、嘉成。この教室はいい所に位置してる。
なんたって運動場が一眸できるんだからな。なぁ〜将陵?」
 
「…さぁ、なんのことだか俺にはさっぱり。」
 
「へぇ。…あ、生駒さんコケた!足捻った!」
「なにッ!」
 
 
 
ばっと窓から首を出して無事を確認する。
その時、運悪く(良く?)本人と目があって。
 
どうしたの?というように首を傾げられる。
 
なんにもない、と慌てて首を振ってから、はたと気付いて尋ねた。
 
 
「祐未、大丈夫?」
「なにが?」
怪訝そうな顔をされて。
 
 
「なんでもない!頑張れよ!!」
もう一度身をのりだして叫ぶ。
 
「うん!」
 
 
大きな声と笑顔で返されて、頬が熱くなるのを感じた。
 
 
 
 
 
 
「ほう、女子は外で体育か。『頑張れ!!』だって?いやぁ青春だネ?」
 
「『青春だネ』じゃないよ。なにが足捻った、だ。コケてすらないじゃないか。」
 
 
じろっと睨んでも2人のへらっとしたにやにやは消えなくて。
 
 
「いいんだよ、僚。俺たちに気を遣わなくて。」
嘉成までへらへらと笑っている。
 
 
「そいやお前らずっと、仲良かったもんなぁ…。あぁ羨ましい悔しい妬ましい。」
 
「贔屓目に無しにいいよな…美人だし、スタイルいいし、気立てもよくて。
まぁちょっとキツいとこもありそうだけど。」
 
「そんなことないよ。たしかに物言いがちょっときつい時もあるけど、それは大抵人を思いやってのことだし…」
 
椅子を少し傾けて、窓ガラスとサッシに半分くらいもたれかかる。
 
 
「あ、かばった。」
「かばってない!」
 
ぽんぽんと、嘉成が慰めるように肩を叩いた。
 
「そう照れるなって!いいんだよ、お前も頑張れ!!」
 
 
 
「だから…」
違うって!
 
 
 
 
そう言おうとした時、ふと視界に影が入ってきた。
 
嫌な予感。
 
「なにを頑張ってくれてもいいんだけどね、とりあえず今は作文を頑張って欲しかったな。
なに?作文だけじゃ物足りない?そうか、ならこの『国語の世界』というプリントをあげよう。
提出は明日な?」
 
はっはっは!と笑いながら国語教諭は去って行く。
 
次の瞬間、チャイムが鳴った。
 
 
 
机の上に置かれたプリントの束は2セット。
なぜ3セットじゃないのかと疑問に思っていると、後ろで椅子をひく音がした。
 
「んじゃ僕は帰るよ。頑張れよ〜」
 
スタスタと佐上が歩いていく。
 
 
 
「おい忘れ物!」
 
 
「それお前らんだって。僕は作文も、もう出したし。」
 
飄飄とした様子で、手を振りながら裏切り者が教室を出て行く。
 
 
「ちぇっ…俺も帰ろっと。」
そういうと嘉成までもが帰る支度を始める。
 
 
「ちょ…どうすんだよ?作文」
尋ねると少し目を泳がしつつ、「なんとかなるって!」と答えた。
 
 
「ま、どっちにしたって明日だ、明日。あーぁ。お前はいいよな、生駒に手伝ってもらえんじゃん」
 
「ばっ!んな訳…」
 
 
 
その時ガラリと教室の戸が開いた。
誰か忘れ物でもしたのか、なんて思っていると。
 
たんたんと床が鳴る音が近付いてくる。
 
 
 
「私がどうかした?」
「ゆ…」
「お、生駒グッドタイミング!さすがだね〜…んじゃ、ま。邪魔者は退散しますよ、っと」
 
じゃあな!と去り際に俺に「頑張れよ!」なんて声をかけ、帰って行った。
 
 
 
 
 
「それで?」
「ん〜?」
俺の前の席に座って、俺の机に肘をついてこっちを見ている。
 
 
「そーいえば祐未ってさ、作文とか書くの好き?」
 
「好きっていうほどじゃないけど…でも数学ほど嫌いじゃないわ。」
 
「そっか…じゃあ書くコツとかって?」
「コツ?」
 
 
「うん。『将来の夢』って題目の作文、今日の授業中に書けなくてさ。家で書こうと思うんだけど」
机の横にかけてあった鞄を持ち上げて、適当に放り込む。
 
「将来の夢?なりたいものとか、職業とか。そういうの書けばいいんじゃないの?」
 
「まぁね。俺にもそれができたら苦労しないんだけどな…そういえばなんで祐未はここに?」
いつのまにか最後になってしまった教室の、扉を閉めながら聞いた。
 
 
 
「私は職員室に更衣室の鍵を返しに行ってたの。それで教室の前を通ったら、声が聴こえて…」
 
それで誰かいるのかと覗いてみたら、俺たちがいたということらしい。
 
 
 
「なにをするにしても、電気はつけたほうがいいわ。目に悪いし」
「…そーします。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そのまま2人で歩く。
 
夕暮れの日に照らされた海面は、紫色に輝いて。
波うつたびに、暗い光を巻きあげる。舞い上がると透明でキラキラ輝いて。
 
 
「久しぶりね。こうやってあなたと帰るの。」
「そうだな。昔はよく一緒に遊んで帰ったのに。もう遊び回るような歳じゃなくなったからかな…」
 
 
当たり前の時の流れのはずなのに、気付いてしまうとなんだか無性に寂しくて。
 
 
 
「…今日は送ってく。暗いし。」
ごまかすように歩調を速めた。
 
「で、でも悪いから…」
「いいから。それにおじさん心配するといけないし…」
 
 
 
 
 
「…僚。」
「ん?」
 
ぱふっと軽い音がして、まだ春なんて遠い先の寒い時期なのに、左腕があたたかくなる。
俺の左腕に両手を絡めて。
 
 
「ありがとう…僚」
「…どういたしまして。」
 
 
少し冷たくなってしまったかな、と思ってこわごわ彼女の表情を窺う。
 
けど彼女は照れたような笑顔のままで。
 
 
なんとなく安心して。
 
 
左腕に当たっていた、彼女の右手をとった。
 
あわさった掌は仄かに暖かくて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつまでこうしていられるのだろう。
 
幼い頃から比べて、今が疎遠に感じるのと同じように、また時が経つにつれて離れていくのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
できることなら真っ白な原稿用紙。
 
自分がもっとも叶って欲しいと願う未来に、自分が一人じゃないといい。
どんなに窮屈で苦しくとも、彼女がいたらいい。
 
最低でもこの位置には。
 
 
 
 
右手をポケットに突っ込んで、左手は祐未の手を握って。
 
足元の石を蹴りながら。
 
また明日。明後日。
 
 
 
…続くといい。
 
 
 
 
 
真っ白の原稿用紙。
本当に書きたいのはそんな未来じゃない。
 
ただただ普通の。
今と同じ、そんな未来が俺の夢。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ありえね…
島の中学は何クラスあるのか。2クラスはあるといいなと思いつつ。ないかなぁ〜?
時期的には中2ぐらいをイメージしていたのですが、なにしろ心がオバサンなので。
中学でも作文書きましたか?ウチの中学ではクラスによって卒業文集がありました。
私のクラスはなくって、入試の発表ん時に担任の先生から受け取ってる友達を羨ましく思っていた記憶があります(笑)