「貴方がなくした2つの自分のうち…」
純粋なままで、なにも知らないで普通に生きる自分。
痛みを覚えて、ボロボロになって。それでも前を向く力を持った自分。
――取り戻したいのは、どちらの『自分』?
その女の人は僕に尋ねた。
暖かな紫色の瞳を細めて…
僕が望む永遠−05−
「あ、花瓶の水を替えてきますわ。」
彼女はそういって席をたった。
この部屋に水道はないから。
だからこの部屋の外に、花瓶を抱えて出て行く。
その後ろ姿を見送って、キラは一人息をはいた。
ふと目を側にある窓にやると夕日に照らされながら、キャッチボールをしている少年達が
見える。
「楽しそうだなぁ…」
ぽつりと1人呟いてみた。
自分にもそんな頃があったのだろうかと、想像してみて…けどやめた。
多分自分は部屋にこもりっきりで、さびしく遊んでいたのだろう。
きっとアスランもそういうタイプだと、くすりと笑った。
キュッ…と部屋の扉が動いた。
大切そうに花瓶を抱えて、彼女が部屋に戻ってくる。
「…春のほうが色々な花が咲いて好きだったのですけれど、夏の花というのも元気があってよろしいですわね。」
そういって、花瓶を置いた。
中には小さめのヒマワリ。
誰が持ってきたか、一目でわかるイメージ通りの花だ
。
窓から入る夏の強い日差しをもはね返すように、気丈に頭をあげている。
その姿はとても生命力に満ち溢れていて…
綺麗だけど、なにかが違った。
「僕は…」
そうなにかを言いかけてはっと気付いた。
「…危ないッ!!」
いうと同時に布団をはねのけ、とびだした。
彼女を抱えて、床へ転がる。
その瞬間に舞い散るガラス片。
トントンと軽くボールが弾んだ。
ガラスの割れた原因を知って、ふっと息をついた。
そこでやっと彼女を下敷にしていたことに気付く。
ぱっと飛び起きた。
「ゴメン…大丈夫だった?」
少し困ったように笑いながら尋ねると、彼女の手をとって立ち上がるのを支えた。
「わたくしは大丈夫ですわ。けれど…いまのは?」
そう自分をほんの少し見上げて、心配そうに尋ねてきた少女に近くに落ちたボールを拾って見せる。
「ほら、コレ。さっき外でキャッチボールしてたからその子達のなんじゃないかな?」
ぽんぽんとそれを手の上でもて遊びながら説明する。
「それにしても…どーするかなぁ…」
なにしろ床には窓ガラスの破片が飛び散っており、またベッドの上にもどのくらい飛んでしまったかわからない。
「ならわたくし、病院の方に言ってきますわ。あ、キラ…」
「ん?」
振り向いて彼女と目を合わす。
「…ありがとうございます」
彼女が伝えたのは、感謝の言葉。
優しい笑顔を添えて。
すっと扉が閉まる。
同時になんでもないことに、ほわっと赤くしてしまった顔をうつむかせた。
ちょっと暖かくなった心と、鉛のように冷たく重い既視感を抱えて。
その後、一時的に別の部屋があてがわれ、少年達が謝りにきた。
よく日に焼けた元気そうな子ども達。
その中には見たことのある栗色にも似た、茶髪の少年もいた。
謝りにきた時はさすがにしゅんとうなだれていたが、すぐまた眩しい程の笑顔を浮かべた。
それは大きく成長していくにつれて、少しずつなくしていくモノ。
あの頃ほとんど見ることができなかったモノ。
誰かを羨み、妬み、そして恨んだ、虚ろで淀んだ瞳。狂気にも似た絶望を孕んだ…
それらとは違う少年達の瞳は、希望と夢でキラキラと輝いていた。
「ありがとう、お兄ちゃん!早く元気になんなよ!」
少年達は扉の前でぱたぱたと手をふると、じゃあねと元気に帰っていった。
少年達の後ろ姿を眺めて、目を覆う。
耳に響くのは、敵艦の艦長だった女性の声。
ほんの少し前?それとも…
『あなたはいきなさい。それと…』
キラは慣れない部屋の窓を開け、空を見上げた。
そして目を閉じる。
――グラディス艦長。あなたの息子さんは元気です。
どうか届けと、強く。
――僕は元気です。周りに迷惑かけながらでも、なんとか頑張ります…僕にできることを。
だからどうか、安らかに…心配しなくても大丈夫だと。
そう伝えたかった。
いつのまにか薄れてしまった思いを忘れずに。
瞳に浮かんだ涙が一筋、頬を伝って落ちた。
−06−